1: :2005/11/11(金) 05:41:30 ID:
信じられないほど心が痛い。
彼女に会ってから今日まで、一年一年、一日一日、その痛みは
蓄積されていき、今は極限だと思う。それはもう彼女との未来
など有り得ないのだと実感してしまったからだ。
二ヶ月前のあの日に。
5年前、母が再婚した。嫁いで間もない冬のはじめ、嫁ぎ先の
お姑さんが亡くなった。その葬式の最中、彼女と初めて出会った。
彼女は母の再婚相手の姪っ子。歳は俺よりも2つ上。しかし小さ
な風貌のせいか幼く見え、またバタバタした葬式の最中でもあっ
たため、俺は紹介を受けていたにも関わらず彼女の年齢など頭に
なく、高校生だと思い込んでいた。
だから別段、彼女に意識を払
っていたわけでもなく、ましてや当時の俺には結婚を約束してい
た彼女もいたため、そのファースト・コンタクトはなんてことな
く終わった。
2
: :2005/11/11(金) 05:44:49 ID:だから厳密に言えば彼女とは血のつながりどころか戸籍上も従姉
弟関係にあるわけではない。
「君さえよければ私や私の子供たち、そして
私の親戚たちのことを家族だと思ってほしい。でも重く考えないでね。気
を遣わなければならない人間などいないし、みんな君のことをすでに家族
だと思っているから」
母が嫁ぐ時、再婚相手の男性が俺に言ってくれた言
葉だ。俺は彼の一言がすごく嬉しかった。俺が育った家庭環境は親戚付き
合いなど希薄だった。父も母も親類縁者と付き合うことを避けて生きてい
る人間だったから。
だから彼の子供たち(一男一女)や親戚の人たち(彼
は6人兄妹だったから一族の数はものすごく多い)がいっぺんに自分の家
族になったことが嬉しくてしようがなかった。そして事実、彼の言ったと
おりみんなあったかい人たちだった。
の育った家庭環境も複雑だった。お父さんの姓は「太田」だったが、親戚
の人たちは「田中」姓だった。それは田中の6人兄妹のうち、お父さんだ
けが太田家に養子に出されていたからだった。
しかし両家の交際が深かったため、6人兄妹はほとんど離れ離れになることなく大人になったという。
その話を聞いた俺はますます、この一族の一員になれたことを嬉しく思いこんな素敵な人たちのところに嫁いでくれた母に感謝すらしていた。
しかしそんな俺の気持ちが、後々自分の障害になるなんて、当時は思いもしな
かったんだ。
この街では数少ない小洒落た店を予約し(俺は地方都市で育った)、大枚を
はたいて買ったエンゲージ・リングを彼女の薬指にはめた。
18の頃に両親が離婚し、間近で見せられた彼らの修羅場がトラウマとなっていた俺は、「結婚」なんてものになんの幻想も夢も抱いていなかった。その俺が結婚する。結婚できる。俺のトラウマは癒されたんだと思った。満面の笑顔で彼女が言う。
「ウチのお父さんの説得、ふたりでがんばろうね」
彼女は3人姉妹の真ん中で、上・下の姉妹はすでに嫁いでいた。それゆえにいつも「お前の結婚
相手は婿入りできる人間でないと認めない」と、彼女は父親から釘を刺されていた。俺はプロポーズの前に彼女に言っていた。
「俺の母親は再婚してるから安心だけど、親父はずっと一人身で暮らしている。彼に再婚する意思はないし、この先も独身でいるだろう。だから俺は君の家に婿入りするわけにはいかないんだ」
彼女は俺の気持ちを快く汲み取ってくれた。「お義父さん
も一緒に幸せになろうね」そんなことも言ってくれた。幸せだった。この幸
せな気持ちさえあれば、彼女のオヤジさんもきっと説得できると、自信を持
っていた。
渋い顔つきをしていた。すでに彼女から俺が婿入りの意思のないことを聞か
されていたからだろう。座布団も茶も出なかった。まあ当然だろう、と俺は
気合を入れてオヤジさんと話し始めた。
「はじめまして。大塚と申します」
「話は聞いてる。認めない」
呆気にとられた。
「私たち夫婦に残されたのはこの娘だけだ。この娘までとられたらこの先、
私たちの面倒は誰が見る?」
俺はめげない。
「私が婿入りしないとしても、それはお義父さんたちの世話をしないという
ことではありません。ただ一緒に暮らせないというだけであって、お義父さ
んたちから彼女を奪うつもりはないのです。私を家族として認めていただき
たいのです」
ここまで理路整然と話ができたかはおぼえていない。オヤジさんは聞く耳を
持ってくれなかった。
「家族になりたかったら、戸籍上でも正式になりなさい」
太田のお父さんのことが頭に浮かんだ。血のつながりや戸籍についての考え
方、それは人によってこうまで違うものなのか。そんなことを考えたり聞い
たりしたことがなかった人生だった俺だから、二の句が出てこなかった。情
けないが彼女に目を向けた。ヘルプミーだった。しかし彼女はずっと目を伏
せたまま、とうとう最後まで一言も口を開くことはなかった。
車中は静かなものだった。俺は戸惑いやら怒りやらで混乱した頭を押さえつ
け、精一杯、虚勢をはった。
「まあ、時間をかけてがんばる…か!」
その俺の言葉も彼女は聞いていないかのように、ポツリと言った。
「無理かも…」
俺は爆発した。
「なんでだよ!?まだ一回目だぞ!ふたりでがんばろうって言っただろ!?」
彼女はすっかり怖気づいていた。すぐに冷静さを取り戻した俺は、やんわり
と、なだめすかしながら、しかし結論も出せずにこの日は彼女と別れた。
翌日は彼女とのデートだった。うまく事がすすんでいたら、本当は俺の両親
(もちろん太田のお父さんも含め)に挨拶に行くはずだった日。甘かったな
~と苦笑しつつ、彼女との待ち合わせ場所である喫茶店へと入る。いつもの
席に彼女がいた。彼女はいつもと変わらなかった。俺もいつもと変わらない
ように装った。俺のバカ話にケタケタと笑う彼女に安心し、昨日の話を切り
出した。
「昨日は情けない終わり方になっちゃってごめん。甘かったよ俺」
下げた頭を戻すと彼女の強張った顔があった。…ん?なんだ?? 話を続けた。
「早いうちにリベンジしたいから、お義父さんたちの都合を確認しといてくれるかい?」
「うん。わかった」
彼女の顔がいつもの顔に戻った。また安心した。
「ゆっくりと、時間をかけてがんばろうな」
むしろ自分に言い聞かせるように言った。
そして彼女に会ったのはこれが最後になった。
仕事が忙しくもあったので、直接彼女に会えなかったからだ。
しかしいつ聞いても、都合が悪いらしい、の一言だけ。オヤジさんは観光バスの運転手
だったから、そりゃ仕方ないかと始めのうちは納得してた。
しかし3週間、4週間先の予定を聞いても同じ返事が返ってくる。ああ…まだ彼女は怖気づいているんだな、と感じ、俺は少し彼女に時間を与えようと思った。その話が終わると、電話口の彼女の声はうってかわって明るくなった。次のデートはあそこに行こうよ、ホワイトデー期待してるゾ、etc.etc…。ちょっとムッとした。そんな目先の楽しみで誤魔化したって仕方ないんだぞ。優先すべきことから逃げるなよ、と。
今度いつ会える?と聞いてきた彼女に、俺は仕事を理由に「ちょっとしばらく難しいな~」などと意地悪をした。会えないほどの忙しさではなかったけれど、彼女がオヤジさんたちの都合を取り付けてくるまで会うまい、と俺は決めてしまった。
…今思うと、なんて度量の小さいヤツなんだ俺は。
に変化はない。業を煮やした俺は、GWの予定を立てようと楽しげに話す
彼女を突き放した。「出張があるから遊べない」非常に残念がったが、彼
女は渋々納得した。実際、出張の予定などなかったが、この野郎、GWを
ひとりで過ごして反省しやがれ、などと俺の心は最低だった。
自分もひとりでGWを過ごすことになるのに馬鹿だよねコイツ。
GW初日の朝、しっかりと仕事も休みだった俺は、生まれて初めての一人
旅を思いついた。手早く荷物をまとめて駅へ行った俺は、その場で行き当
たりばったりに行き先を決めた。広島。なんで広島??
とりあえず新幹線で東京へ。車内で何度となく彼女のことを考えたが、無
理矢理に心を浮き足立たせる。ハメはずしてやる。東海道新幹線はグリー
ン車に乗ってやるぞ。座席にゃテレビが付いてて、美人のアテンダントが
おしぼりやらコーヒーやら持ってくるんだ。
浮かれた俺の頭に、飛行機を使う考えなど浮かばなかった。
初めての一人旅ということもあったが、何もかもが楽しかった。気分も晴れ
かかっていた。2泊目の夜、地元で有名なジャズバーへと足を運んだ。ほろ
酔いの頭をベースの音にのせて躍らせていた時、地元OLと思しき2人組が
俺に声をかけてきた。
「おひとりですか?」
「ええ」ウホ、逆ナンかい。
「一緒に飲みません?でも彼女に怒られちゃうかな?」
「んなもん、いませんいません。どぞどぞ」
うっとりと曲に耳を傾けつつ酒を飲む。会話も弾んだ。そしていつしか(な
ぜか)、話題は男女の恋愛心理になっていた。
A「このコ、今彼氏とのことで悩んでるんですよ」
B「聞いてもいいですか?」
俺「ん?なぁに?」相当酔ってた。
B「結婚しようってことになって、この間ふたりで実家に挨拶に行ったんで
す。そしたら父が『認めん』て言い出して。彼は一生懸命説得しようと
がんばってたんですけど、私は父の剣幕にびっくりしちゃって…何も言
えなくなって…涙出てきたんです。そしたら彼と父がケンカになっちゃ
って…」
…あんた方、もしかして俺のこと知ってます????酔いが醒めた。
B「帰り道、彼に謝ったんです。何も言えなくてごめんて。そしたら彼『泣
いてるお前見てたら、なんだかお義父さんに腹がたっちゃってさ。なん
でだろ?ごめんな』って。嬉しかったけど、なんだか気まずくなっちゃ
って、それ以来彼とこの話題に触れてないんです。もう彼、結婚する気
なくなっちゃったんでしょうか?」
俺、なーんも言えんかった。多分ぽけーっとした顔してたんじゃないだろうか。
「その彼氏なら大丈夫。多分、君から言ってくるのを待ってると思うよ」
なんとかそんな言葉を捻り出した。
えない俺に彼女らも肩透かしをくらっていただろうし。それよりも早く地
元に帰りたかった。会いたかった、彼女に。ちゃんと会って、ちゃんと話
をしようと思った。翌朝、予定していたもう1泊をキャンセルしてホテル
を出た俺は、開店と同時にみやげ物屋を物色した。彼女の実家へのおみや
げを買い足した。
地元に帰った俺はすぐさま彼女に電話した。
「おかえり!出張、無事済んだの?」
「(後ろめたい気持ち全開)…うん。なんとか」
気を取り直して俺は言った。
「おみやげ買ってきたよ。お義父さんたちの分も。これ持ってまた挨拶に
行きたい。GW終わってからなら、お義父さんの仕事も一段落するだろ?」
彼女が言った。耳で聞いた最後の生声だった。
「…う~ん…まだしばらく無理っぽいみたい」
限界がきた。
「なんなんだよ!!逃げんなよ!!俺は○△□●▲■○△□●▲■!!!」
もう今となっては何を言ったのか、何を言えてたのかはわからない。
とにかくなじりまくってた気がする。押し黙る彼女。それが尚、ムカついた。
「俺、間違ったこと言ってるか!?もういいよ!!」
こうして俺の結婚話は終わった。トラウマが蘇ってきた。
今、しみじみ思う。ここで彼女と別れなければ、俺が短気でなかったならば、
従姉のあのコに恋することもなかったと。
当然のように、お父さんが披露宴への招待状をくれた。まだ傷も癒えてい
ない俺に他人の結婚の祝福などきつかったが、その好意が嬉しかったので
参列することにした。当日、式は田中一族が住んでいる土地で行われた。
その土地は俺やお父さんたちが住んでいるところからはかなり離れた田舎
で、同じ県内ではあるものの風景が全く違っていた。快晴の下の田畑がな
んだかきれいだ。披露宴までの待ち時間は一族の長兄の家でつぶすことに
なった。すでに何人か親族が待機していたところに俺が顔を出す。
よく来たと迎えてくれる親族たち。みんな方言丸出しだが、それがあったかくて
俺は好きだった。そこに従姉のあのコ・恵子ちゃんがいた。軽く挨拶を交
わす。お互いなんとなく見たことあるな~という表情。あ、あのコか。あ
っちも俺のことをそう思っただろうな。
お姉さんの赤ちゃんをあやしている彼女を、することがない俺は見るともなしに見ていた。なんだろう?や
けにオバサンくさい、いやいや、落ち着いている。別段美人というわけで
はないのだが、顔立ちに落ち着きが備わっている。今時の高校生ってのは
こんなに大人っぽいものなのか?確かにそこいらのギャル然としたケバケ
バしい女子高生とは違い、見た目は清楚でパーティドレスもしっくりきて
いる。それにしても、なぁ。
れていた。待ち時間の間にそこそこ会話を交わしていたので、俺はおもい
きって恵子ちゃんに歳を尋ねた。…31歳。2コ年上だった。だよなぁ。な
んだか会話しててもギャップを感じなかったし、いやむしろ話が合うなぁ
と思っていたくらいだ。
「やべぇ…俺、高校生と意気投合してる…」
なんてなことを考えてたから安心した。それからは披露宴そっちのけで彼女と
の会話に盛り上がった。彼女は方言と標準語の使い分けができていた。わ
ざと織り交ぜて会話する彼女は楽しく、決して嫌味な感じもしない。それ
もそのはずで、彼女も俺と同じく、県の都市部で働いていたからだ。他の
田中一族の人間よりも都会的な感覚が感じられた。
間違っても春江伯母さんのように
「健吾君(俺の名前だ)いいオドゴだなぁ~鼻高いし。鼻おっぎぃオドゴはアレもデカイって知ってっか?ひゃひゃひゃ。だがら見ろ、ウヂのとーちゃんなんて鼻ちっちぇべ?ひゃひゃ」
なんてことは言わない
(俺はこの、女だてらに下ネタを連発する春江伯母さんが大好きで、これ
だからこの一族との付き合いはやめられない、などと思っている。ちなみ
に春江伯母さんは花嫁の母だ)。
そしてお互いの会社が意外に近い場所であることもわかった。
俺はお父さんたち太田家の連中と一緒に帰ることになったが、恵子ちゃん
は2次会に参加するようだった。なんとなく恵子ちゃんと話し足りない感
じがした俺は、別れ際に彼女と電話番号の交換をした。会社も近いことだ
し、今度晩飯でも一緒に食おう、と。
帰りの車中、ふと母が言った。
「アンタ、結婚もダメになったんだから次考えなさいよ。恵子ちゃんなん
かいいじゃない!アタシ、あのコ好きだわぁ」
言い方は悪いが本人に悪気はない。するとお父さんも
「そうだなぁ。歳も近いしいいかもしれんなぁ」
義弟や義妹もノリ気で言う。
「うん!健吾君と恵子ちゃん、合うんじゃないの?」
いきなりくっついちゃえコールの嵐だ。
俺は「そーねー、いいかもねー」と適当に軽く流した。まだこの段階では、
俺は彼女に異性を求めてはいなかった。会話は楽しかったし電話番号だっ
て交換したが、あくまで「血縁関係のない従姉=女友達」の図式でしかな
かったのだ。
俺は部屋の片隅にほっぽり投げていた物が気になりだした。
それは別れた彼女から借りていた本やCD。律儀な性格というわけではない
が、ちゃんと返さなければと思った。きちんと別離の言葉を口にして別れた
わけではなかったため、なんとなくケジメが欲しかったのだと思う。でもと
てもじゃないが、また会って手渡しする気はない。宅配便で送るため、彼女
のマンションの住所を教えてもらおうと数ヶ月ぶりにメールをした。返事は
すぐに返ってきた。
「私も借りていた物を送りますので貴方の住所を教えてください」
ハッとした。俺たちは互いの住所すら知らないでいたんだと。些細なことだ
が、妙にさびしくて、やるせない気持ちになった。彼女からの事務的なメー
ルの文面を見つめながら、すぐに住所を送信した。そして荷物を送る手筈を
整え、俺は今まで彼女と送受信したメールと、彼女のアドレスを抹消した。
だが期待していた解放感は得られなかった。
頭に浮かんだ。人と話したくてしようが無かった。俺のプライベートを知
らない相手と。俺は恵子ちゃんに電話をした。なぜかドキドキする。
恵子ちゃんが電話に出た時、思わずビクッとなって脇腹を攣った。脇腹を押さ
えながら、俺は恵子ちゃんを食事に誘った。それなら今晩どう?と彼女。
即日となるとは思ってなかったが、是が非でも行きたかった俺は、普通な
ら残業コースとなる仕事を終業時間30分前には片付けた。この仕事は穴
だらけになっていて、翌日ひどい思いをすることになったのだが、俺は空
いた30分でネットをつっついた。食事の場所選びだ。知ってる店は全て
別れた彼女と共に行っている。それらの店は避けたかった。久しぶりの店
探しは楽しかった。
よっ、という感じで彼女が敬礼する。俺も返す。それだけなのに心が弾んだ。
店まで彼女を案内する道中、「歩くの早いね~」と言われた。俺の足はもう
スキップに近かった。選んだ店はモニターで見るよりも印象が良くて安心した。
席につく時、俺は言った。
「今日は『どうぞマダム』って、椅子は引かないけどいいよね?」
もちろんジョークだ。笑いながら彼女が言う。
「じゃあ、いつもは引いてんのかいっ!」
これだ。これがいいんだ。打てば響く鐘、とでもいおうか。
こちらが差し出した話題にすかさず乗ってくる。披露宴の時に彼女と話して
いて好印象を持った原因はこれだった。別に芸人のようにツッコミ役を探し
ていたわけではないが。
食事は美味しかった。もともと美味しい店だったのだろうけど、女の子と一
緒に食事することで更に美味しくなった気がする。異性が食事のテイストを
上げるってこと、久しく忘れてたよ。しかし…彼女は酒が強い!俺は人並み
程度だったから、会話に夢中になるあまりついついいつもの酒量を超えてし
まっていた。ギブだ。名残り惜しかったが店を後にし、彼女を送るためにタ
クシーに乗り込んだ。ひどい酔いでクラクラ。車体の揺れが拍車をかける。
だが彼女のテンションは高く、俺は搾り出した笑顔でそれに応じた。
彼女のマンションは俺のアパートに近かった。車で10分といったところ。
また一緒に晩飯をと手を振り、彼女は車外へ。走り出すタクシーをじっと見
送る彼女。俺はリアウインドウから最後の笑顔を振り絞ってそれに応えた。
300mほど走ったところでタクシーが門を曲がった。運転手さんストップ
してください。蚊の鳴いてるような声で車を止め、俺は外に走り出た。何年
ぶりだろう、吐いたのは。滝のようにゲーゲーしながら、俺は辛いんだか嬉
しいんだかわからなかった。
でもウマが合うとはこのことを言うのだと、彼女に会うたびに実感した。い
ろいろな話をした。彼女の仕事の話、彼女が趣味としている旅行の話、アジ
アが特に大好きだということ、彼女が「書」を嗜むということ…彼女の話の
全てが新鮮で面白かった。
大抵は馬鹿話に花を咲かせていたが、時に真面目な話にもなった。
そんな時、彼女の考え方が自分と同じだったりすることも
あり、俺はますます引き込まれた。その上彼女は聞き上手でもあった。俺の
話を真剣に聞き、そして真剣な意見をくれた。その意見のどれもが的を射た
内容であり、俺はいつも感嘆とさせられた。
思えばそれまでの俺は女性というものを馬鹿にしてきたのかもしれない。
口には出さず心のどこかで。それまで付き合ってきた女性にいつも
「イエスマンは嫌いだから。自分の意見をちゃんと言ってよ」
などと言いながら、
「どうせ俺の意見のほうが正しい」
と聞き上手になれず、自分の考えで相手をねじ伏せてきた。
考えた。結婚まで考えたあのコも、そうした自分の利己の犠牲にしてしまっ
たんじゃないのか。ようやく見つけた宝石だったかもしれないのに。今更遅
いが、俺は反省した。生まれて初めて、別れた女性にすまないと思った。
何回目かに恵子ちゃんに会った時、俺は言った。
「君と話してると楽しい」
女性に対して初めて言った言葉だった。大した台詞でもないのにね。
「私も。健吾君の話は面白いし、会うのが嬉しいよ」
彼女がそう応えてくれた時、俺の気持ちは決まった。
この宝石を失いたくない。
悶々としてはいたが、そんなことを考えるのは本当に楽しい。
そんなある日のこと。
当時、俺はよく週末に太田家で夕食をごちそうになっていた。お父さんや
母、一つ下の義弟や3つ下の義妹と団欒を楽しんだ。そろそろ30にもな
ろうかという独身男に、アパートでのひとりの食事は味気なさ過ぎる。俺
にとって大事なひとときだった。その日もアハハオホホと宴もたけなわに
なってきた頃、お父さんが言った。
お父「最近、恵子とよく飲みに行ってるんだって?」
俺 「ええ。なんか気が合うんですよ」
義弟「付き合ってるの?」
俺 「いや、そういうんじゃないよー」
義妹「付き合っちゃえばいいじゃないですか~」
母 「そういう気、あるの?」
俺は黙ってニコニコしてた。
そこで母が真顔になって言った。
母 「…でもねぇ。もしも、もしもよ?アンタと恵子ちゃんが結婚なんてこ
とになったら、アタシとアンタのお父さん、親戚ってことになっちゃ
うのよねぇ…」
頭が冷たくなった。俺、なんでそのことに気づかなかったんだろう。
母 「アタシもあの時、恵子ちゃんなんかいいんじゃない、なんて焚きつけ
たけど、後から冷静になって考えるとそういうことになるのよねぇ」
義妹「それじゃ、結婚式はお父さんたちと健吾君のお父さんが同席!?花束
贈呈の時なんか、健吾君側にはお父さんが2人並ぶの?」
お父「いや、もしそうなったら私が並ぶわけにはいかないだろう」
俺は慌てて取り繕った。
俺 「ちょっ、ちょっと!何勝手に盛り上がってんだよー。そんなことには
ならんから!ただの飲み友達。安心しろって。…でもそーなったら、
ちとオモロイねぇ…ふふ」
母 「やめてよねーあはは」
なんとか冗談で済ますことができたが、もう俺は酒も食事も味を失っていた。
乙。見てるぞ。ガムバレ。
ましてや俺と恵子ちゃんは血のつながりのない赤の他人。
彼女が俺に対して恋愛感情を持ってくれているのかはわからなかったが、
もし交際の申し込みにOKしてくれたならば、その先の展開も期待できると
思っていた。
だが親父の存在が、俺の淡い期待に影を落とした。
親父は心に傷を負っていた。母との離婚で生じた傷だった。
高校3年の夏休みのある夜、母が俺の部屋に来て言った。
「お父さんと別れようかと思って」
その当時、親父と母の様子がおかしいことは気づいていた。
親父は大工で、典型的な頑固オヤジ。もともと気難しい人ではあったのだが、
最近とみにひどくなり、ほんの些細なことでも怒り出すようになっていた。
幼き頃から拳で物事を教育されてきた俺も、さすがにこの頃の理不尽な親父の
態度には我慢がならず、よく反発するようになっていた。
母は母で、仕事から帰ってきても上の空、心ここにあらずといった感じ。そして
親父同様、ピリピリしていた。
そんな俺たちの姿に当時、中3の妹(俺には実妹もいる)は心を痛めていた。
そしてこの晩、両親がおかしくなった原因について母から聞かされた。
春先、母は勤め先の金を落としてしまったという。大金だった。
だがそんな金はウチにはない。職場にバレては…ということで、母は親父と
相談し、親父名義でサラ金から金を借り、なんとか補填したそうだ。
これで合点がいった。
それから一週間ほどした晩。家族の間で話し合いがもたれた。
親父が言った。自分たち夫婦は離婚すること、ただし俺たち兄妹が学校を卒業
した後に。そして借金があること、だからこれからの生活が変わること。
いやだ、別れないでと妹が泣き喚いた。実の妹ながら常々クールなヤツだと
思っていたから意外だった。でもたかだか15歳の女の子だったんだから当然の
反応だったのだ。
それはもう嗚咽に近かった。本当は別れたくないと、顔をクシャクシャにしていた。
それから離婚までは1年が流れたのだが、俺にとってあの一年はトラウマになった。
実のところ両親が離婚してしまうことにさほどのショックはなかったのだが、
それからの親父の態度にショックを受けた。
あれだけ亭主関白で威張り散らしていた人が、夜6時過ぎには帰宅し、晩飯を作って
家族を待った。その頃母は少しでも金を作ろうと残業する毎日で、俺や妹は受験のた
めに課外授業を受けていて帰宅は遅かった。そんな俺たちを、親父は精一杯の笑顔で
迎えた。なんとか母に考え直してもらいたかったのだろう。その姿は憐れで痛々しか
った。子供が親を、ましてや息子が親父を憐れむことほど悲しいものはないと思う。
俺は親父にしょっちゅう殴られながら育ったが、それは今でいう虐待などではなく、
星一徹と飛馬、あんな感じ。殴られて畜生!と思うことはあっても、筋の通った説教
をする親父を恨んだことはなかった。それだけに豹変した親父の姿がやるせなくて、
嫌で嫌で、家に帰ることが苦痛になっていった。
しかしそんな俺たちの姿を見ても、母の気持ちが変わることはなく、そればかりか
親父に対する態度はどんどん冷たくなっていった。
一年後、離婚は成立し、親父が家を出た。
名門女子高への受験に失敗した妹はひどい精神状態になっていたため、女親のほうが
いいだろうと、母の手許に残ることになった。そして母と妹を精神的にも経済的にも
支えるため、同じく大学受験を失敗した俺はフリーターとなり、彼女らと生活を続けた。
そして妹の私立高校入学費をプラスした借金返済は、全て親父が背負った。
親父に残ったのは多額の借金だけとなった。
就職してサラリーマンとなっていた俺は、ある時、親父を飲みに誘った。
その頃の親父は寂しさからか、頻繁に俺に連絡をしてきた。
いつまでもトラウマから抜け切れないでいた俺はそれを疎ましく思い、
大抵、忙しさに託けてあまり会おうとはしなかった。
それだけに親父は大いに喜んでくれた。
俺が親父を誘ったのには理由があった。
「親父、付き合ってる人いないのかい?」
これが聞きたかったのだ。
当時、俺は件の彼女と付き合い始めていた頃で、母親も太田のお父さんと交際を
していたし、妹も仕事先の男性と結婚秒読みの段階だった。
母と妹がめでたく嫁いでくれれば俺は解放される。自分で稼いだ金を自分のため
だけに使うことができる。この上親父にも幸せが訪れてくれていたら…俺の心配
事は全てなくなる。
俺は浮かれていた。
「いる」
期待していた答えが返ってきた。俺は更に浮かれた。
「おっ!どんな人なんだい?」
「お前と同い年」
愕然とした。
「さ、再婚する気なの?」
「それは絶対ない」
酒が入ればだらしない顔になるはずの親父の顔は、
生まれて初めて見る険しさに満ちていた。
「相手が若くたっていいじゃない。親父だってまだまだこれからなんだから」
俺は自分でも余計なお世話だと思えるほどに、一生懸命、親父を説得した。
自分本位な理由で。そして更に、馬鹿な俺は親父に言ってしまった。
「母ちゃんだって、相手を見つけたぜ?」
俺はなんという残酷な男だったんだろう。
親父は静かに言った。
「もう、母さんのことは口に出すな。知りたくもない。関わりたくもない」
やっと俺は親父の傷に気づいた。
そして親父は、今付き合っている娘も単なる遊びだ、とも言った。
事実、その後親父は何人もの女性と付き合ったり別れたりを繰り返した。
その内の何人かと実際に会ったこともある。
「遊び」だと言われている女性に引き合わされるのはたまったものでは
なかったが、いつか親父の心に変化が現れるのではないかという期待もあった。
だがその期待は今日に至るまで裏切られ続けることとなる。
俺が恵子ちゃんと結婚などということになったらどうなるだろう。
恵子ちゃんが母の再婚相手の姪だと親父が知ったらどう思うだろう。
まだ恵子ちゃんとそんな関係になってもいないのに、
あれこれと脳内シミュレーションを繰り返す俺。
理屈でしか動けない、情けない男だった。
俺は決して親孝行な男ではない。
ただ親不孝なことはしたくないだけ。
そしてその思いは親父に対して尚、強い。
これ以上、親父から奪いたくはなかった。
土日関係なく、、、何の仕事だろ?
早く続きを、と言いたいところだが、健康にはくれぐれも注意してくれ。
たぶん、今日も深夜再開の予感ww??
>>65
お気遣いありがとうございます。
私の仕事はコンピューター関係です。
ユーザー先で修理をする作業員のサポートが主な仕事です。
24時間サポートの会社ですので、勤務も不規則になってしまいます。
明日は午後からの勤務ですので、
今日は朝までにもう一回くらいアップできるよう、
がんばりたいと思います。
前回は下げて載せたのですが、
これまでこのスレッドを読んでくださっている方が見つけ易いよう、
今回は上げて載せたいと思います。
目障りだと思う方は仰ってください。以後、下げます。
俺は恵子ちゃんへの想いを消すために距離をおくことにした。
幸い気持ちを彼女に伝える前だったし、今ならまだ抑制がきく。
俺は徐々に電話やメールの数を減らしていった。
2001年も最後の月を迎えた。
会社までの道すがら、クリスマス色の街を眺めながらふと思う。
(ウキウキしてたな、去年は)
しかしこの夜、そんな感傷も吹っ飛ぶような事件が、俺の身に起こった。
と、突然激しい痛みが胸を襲った。
息は荒くなり、鼓動は早鐘のように加速する。
(やばい…きた。また、きちまった)
俺はその痛みを憶えていた。
俺は昔、心臓を患っていた。
病名は“移動性ペースメーカー”。不整脈の一種だ。
心臓を機能させる心拍(鼓動)は、ある一点から規則的に発信される
電気信号によって正常に紡ぎだされる。
移動性ペースメーカーとは、その電気信号が心臓のあらゆる箇所から
デタラメに発信され鼓動が乱れる症状を言う。
多くは過労・心労から発症するらしく、
俺の場合も不規則な生活が祟った結果であった。
知り合いのツテで出版業界に就職した。
今はどうかわからないが、当時のその世界は凄まじい労働環境下にあった。
朝から朝まで働き、家に帰ってもシャワーを浴びてまた会社にトンボ帰り。
俺の職種はライターだったから、原稿が煮詰まればタバコやコーヒーの量が
増える。原稿が上がれば上がったで、夜中でも初校のために印刷会社を
駆けずり回る。クライアントとの打ち合わせ、取材、資料集め…やることが
多すぎて24時間では一日が終わらない。
それでも文章を書くことが好きだった俺にとってその職は天職だと思っていたし、
また家にもあまり居たくなかったから仕事に対する意欲は持続できた。しかし身体が悲鳴を上げた。
まだまだ俺は家計を支えなくてはいけない。こんなんで死ねない。
俺はその世界を去り、現在の会社に入って普通のサラリーマンとなった。
医者からもらった薬を服用しながら、お日様と共に生活する毎日。
社会人になってから初めて経験する“当たり前”の生活は効果覿面で、
俺はいつしか薬を必要としなくなった。
それが突然、再発した。なぜ???
それからは日を負うごとに発作の回数が増えた。なんだ?怖い。
一度、寝ている時に発作が起きてからは、夜眠るのも怖くなった。
そうして2001年は幕を閉じた。
>>1にとっては親父のためか。
まぁ、恵子さんも反対なら仕方ないかもしれないが。
後悔する人生は歩みたくないものだ。
自分が幸せになれる道を選んでくれ。
いよいよ危険だと感じた俺は大きな病院へと足を運んだ。
様々な検査で一日が暮れた。
検査のひとつにルームランナーみたいな機械で走らされるものがあった。
俺は検査の途中で死んじゃうんじゃないかと思った。
数日後、診断結果を説明しながら若い医者は言った。
「危なかったですよ」
めでたく手術入院が決定した。
入院の前日、俺はお父さんにお願いした。
「きっと気を遣うだろうから親戚の人たちには言わないで」
お父さんは約束してくれた。
病状は深刻だったが手術そのものはあまり難しくはないらしく、
1週間ほどで退院できるとのことだった。
手術は3日後で間があったが、友人や同僚がエロ本やらうなぎパイやらを
見舞いの品に携えて押し寄せたので、退屈はしなかった。
だがそこに期待した顔はなかった。
約束守り過ぎですよ、お父さん。ちょっとそう思った。
足の付け根から極細の電熱線を血管伝いに心臓まで通し、
心臓に散らばった不必要な電気信号発信点を電気で焼く、というものだ。
足の付け根って…えっ、股間!?部分麻酔をするから痛みはないですよと
医者は言ったが、いや、そうじゃなくて。…ということは、剃るんでしょ…。
屈辱的なプレイを経て手術が始まった。
まず尿道に通されていたビニールチューブがはずれ、俺は尿まみれで手術を受け続けた。
1時間ほどで終わると言われていたので我慢していたが、2時間経ってもまだ終わる気配がない。
暇だから寝ちゃおうかと思ったが医者が寝るなと注意する。
もっとも寝ようにも手術台の横のモニターには俺の心臓が映し出されていて、
蠢くその心臓に無数の電線が絡み付いた不気味な映像が、俺の眠気を木っ端微塵にした。
手術は難航している。どうやら予想を上回る数の発信点が、後から後から現れるらしい。
それらを電気で焼くたびに、じわっと胸が熱くなる。もう発信点がないかどうかを調べるために、
わざと心臓マッサージで鼓動を激しくして不整脈を起こさせる。それが延々繰り返される。
仕舞いには胸の熱が耐えられない苦痛を伴ってきた。先生、ギブです。
「じゃあ、全身麻酔に切り替えますね。目をつぶって数を数えて~」
ガスを吸わされながら「端っからこうしろよ」と毒づきつつ、俺は10まで数えないうちに眠りに落ちた。
身体は動かしてはいけないが食事は構わないということで、手術のために昨晩から
絶食させられていた俺は3食平らげた。付き添いの母が俺の口に食事を運びながら言った。
「よかった」
俺は食事に夢中で母の顔は見ていなかった。
田中一族の肇さんだった。お父さんの従兄にあたる人だ。
「びっくりしたな~。健吾君が入院してるなんて聞いてなかったぞ?」
「ええ。大袈裟にしたくなかったんで、お父さんに口止めしてたんです。
それより肇さんこそ、入院してるなんて知りませんでしたよ?」
「恥ずかしくてあんまり公言したくない病気だからね~私も家族に口止めし てたんだよ」
肇さんは泌尿器科に掛かっていた。
「肇さん、俺のこと黙っててくださいね、みなさんには」
「わかったよ~私のことも内緒だぞ?」
明くる日俺は無事退院し、長年の厄介者と決別した。
物事を見る目が変わる。いろんなことに感謝する。気持ちも前向きになる。
実際、会社の上司や同僚、お父さんや母から言われた。
「なんだか雰囲気変わったねぇ。角がとれたというか、いい感じだよ」
そんなに以前の俺はツンケンピリピリしたヤツに見られていたのかと
ちょっとショックだったが、半面、嬉しくもあった。
それからの毎日、すがすがしい気持ちで生活できた俺は、
これなら恵子ちゃんのことを忘れられると確信した。
新しい恋を探すぞ。
週末、いつものように夕食をごちそうになりに太田家を訪れた俺はドッキリとした。
恵子ちゃんがいた。
家も近いから恵子ちゃんも俺同様、太田家にちょくちょく顔を出していたので
別段びっくりすることではない。
だが恵子ちゃんを忘れようと決めた日から、恵子ちゃんが太田家に来る日は避けてきていた。
意識しつつも酒が入れば酔いも手伝い、次第にドキドキ感はなくなっていった。
楽しい宴が進行していく。
酒を噴出しそうになったのはそれからまもなくの彼女の一言だった。
「そういえば健吾君、入院してたんだって?」
んなっ!?なんで知ってんの!?
俺は家族の顔を見回した。だが家族もキョトンとしている。
「肇さんに聞いたの。なんで教えてくれなかったの~。水くさいな~みんな」
…肇さぁぁぁぁん!
「い、いやぁあんまり大袈裟にしちゃうとさ、ほら、アレだよ。
俺って人気者じゃん?田中一族が大挙して見舞いに来ちゃったら病院に迷惑かけちゃうしさー」
「なるほど~、ってオイ!頭は治してもらわなかったんかいっ」
皆、俺と恵子ちゃんの漫才に笑った。ふええ、焦ったぜ。
ふと俺と恵子ちゃんは居間でふたりきりになった。
ほろ酔い気分でおどけている俺に、ツツツと恵子ちゃんが寄ってきた。
「なんで言ってくれなかったの?」
軽く袖をひっぱられた俺は、口をあんぐりとしたまま呆けた。
病気のこと?
>>80
そうです。病気のことです。
先日アップできなかった続きをアップいたします。
まだ長くなりそうなのですが、
みなさんの支援のお言葉に甘えさせていただき、
続けさせていただきます。
本当にありがとう。
ただ今後は下げていこうと思います。
自分で読み返しても暗い話だなと感じますし、
それで不快に思う方もいらっしゃると思います。
お許しください。
なんだか車内の空気が重く感じる。
「たかだか1週間の入院だったから、あんまり話を広めたくなかったんだよ。ただそれだけ」
なんだコレ。これじゃ彼氏が彼女に言い訳してるみたいじゃないか。
「ふーん」
そう言ったきり彼女は黙っていた。
あれは…そういうことなんだろうか?
彼女も俺に好意(異性としての)を持ってくれてると?
おそらく車窓に映っている俺の顔はニヤけていたに違いない。
一瞬、親父のことも忘れていた。
だがすぐに別の考えが頭を占める。
あれだけ仲良く飲み歩いた仲だ。
本当に言葉通り、単に水臭いヤツと思われているだけなんじゃないかと。
バスを降りた時には、俺の頭は結論に達していた。
やはり恵子ちゃんのことは忘れよう。
妹たちは帰ってきた際、いつも太田家に滞在する。
親父のアパートは1Rだったため、子供がふたりいる妹たちが寝泊りするには狭すぎた。
親父も納得していた。悲しく寂しく思っていたとは思う。
お父さんは妹たちも暖かく迎えてくれていた。
妹やその旦那を娘・息子と接してくれ、子供たち(姉妹)も孫だと喜んであやしてくれた。
俺はその光景を見るにつけ、親父の丸まった後姿を思い浮かべた。
俺、お父さんと母、義弟と義妹、妹と旦那、姪っ子ふたり、大勢での食事。
絵に描いたような団欒を、俺はとても大切に感じていた。
なにが火種になったのかはよく憶えていない。些細なことだったと思う。
その食事の最中、俺と母は口論になった。
義弟や義妹、妹夫婦が母に味方する。お父さんは黙っていた。
母が言った。
「入院して変わったと思ってたのに。結局アンタの短気な性格は治ってないね。
そんなんだから結婚相手にも逃げられるんだよ!」
カーッと熱くなった。
(そんなこと…!俺に言えるのかアンタは!!)
それまで母に抱いていた感情が爆発した。
「旦那(お父さん)があまり家にお金を入れてくれなくて…」
母が俺に借金をお願いしてきたときの理由だ。
母は嫁いでからも働いていたし、お父さんは一流会社の重役で社会的地位のある人だったから、
なぜ金に困るのかとはじめは思った。しかし部下想いで面倒見の良いお父さんの
金離れのよさは知っていたし、親戚が多い環境だから友好費も並々ならぬものがあると
母に聞かされていたから、そういうものだろう、とその時の俺はそれ以上深く詮索せず金を貸した。
それ以降もちょくちょく金を貸し続けていたが、返済は滞り、ほとんど戻ってはこなかった。
しかし独身男の身軽さゆえにゆとりのあった俺は苦も無く金を工面してきた。
金に苦労してきた母だったから、なるべく負担を減らしてあげたいという気持ちもあった。
前の彼女と別れた後、母が言った。
「アンタが結婚してなくて助かった」
この人に人の心はあるのか、そう俺は思ったが口には出さなかった。
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Source: ニュー速クオリティ
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